液体1  吉岡実

水晶の粒にみどりの蛇の影がゆら
ゆらふるえていたと思うまに手紙
が配達されたので網膜が冷たくな
りながら湖へひろがり眠る女の明
るいトルソを蔽うて隅の方より南
の街へ燬け縮んでゆく赤い風船玉
がとびだす脳髄のうちで粉砕され
た秋のガラス類が唾液に溶解はじ
めるほのかな音は菩提樹の葉をつ
たわりテラスの石卓にわすれた朝
の月を羽毛のように濡らしていた

 

 高村光太郎が「天皇あやふし。/ただこの一語が/私の一切を決定した。」という1941年12月、吉岡実(1919/大正8年—1990/平成2年)の詩集『液体』が出版されている。限定100部。モダニズム、超現実主義からの影響が見てとれるその措辞は、やがて、1956年に『静物』、1958年に『僧侶』を出版する詩人の「習作時代」を想像させる。そして、「脳髄のうちで粉砕された秋のガラス類が唾液に溶解はじめる」という詩句などからは、詩人の生き方について考えさせられる。後に詩人は当時を回顧している。「今でもこの詩集を編んだ時の情景が想い出される。昭和十六年の夏、ぼくにも召集令状がきた。すだれを巻き上げて入ってきた郵便夫が魔の使いに見えた。母は驚愕した。四日ほどしか時間がない。ぼくはそれから二日間《液体》の整理編集に没頭した」。「配達された」「手紙」とは、召集令状のことだったのだろうか。(文責・岡田 10.5.3)