そんなに凝視めるな  伊東静雄

そんなに凝視〔みつ〕めるな わかい友
自然が与へる暗示は
いかにそれが光耀にみちてゐようとも
凝視めるふかい瞳にはつひに悲しみだ
鳥の飛翔の跡を天空〔そら〕にさがすな
夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな
手にふるる野花はそれを摘み
花とみづからをささへつつ歩みを運べ
問ひはそのままに答へであり
堪へる痛みもすでにひとつの睡眠〔ねむり〕だ
風がつたへる白い稜石〔かどいし〕の反射を わかい友
そんなに永く凝視めるな
われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち
あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ

 

 このところ、また伊東静雄(1906/明治39年—1953/昭和28年)の詩を読み返している。「そんなに凝視めるな」が発表されたのは1939年。『わがひとに与ふる哀歌』(1935年)に続いて出された第二詩集『夏花』(1940年)には、「八月の石にすがりて」をはじめとして味わい深い詩篇が収められているが、詩集の通奏低音として印象づけられるのは、亡き母を歌う「夢からさめて」、あるいは「若死 N君に」など故人の追悼詩にみられる、死についての思念である。「そんなに凝視めるな」は、独自の語法のもとに、伊東静雄の現実認識の「歩み」が明かされていて、繰り返し読まされる。(10.4.12 文責・岡田)