小譚詩  立原道造

一人はあかりをつけることが出来た
そのそばで 本をよむのは別の人だつた
しづかな部屋だから 低い声が
それが隅の方にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)

一人はあかりを消すことが出来た
そのそばで 眠るのは別の人だつた
糸紡〔つむ〕ぎの女が子守の唄をうたつてきかせた
それが窓の外にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)

幾夜も幾夜もおんなじやうに過ぎて行つた……
風が叫んで 塔の上で 雄鳥〔をんどり〕が知らせた
——兵士〔ジアツク〕は旗を持て 驢馬〔ろば〕は鈴を掻き鳴らせ!

それから 朝が来た ほんたうの朝が来た
また夜が来た また あたらしい夜が来た
その部屋は からつぽに のこされたままだつた

 

—1939/昭和14年)の第二詩集『暁と夕の詩』は、第一詩集『萱草に寄す』が出版された半年後、1937年12月に出版された。この「小譚詩」の一、二連などは、「はじめてのものに」の二連に通じるものもあるが、三連の転調が含意しているものはなんだろう。夢のような詩ではあるけれども、構成の意識が隅々にまで働いていて、『暁と夕の詩』に収められた詩のなかではとりわけ惹かれる。(10.2.8 文責・岡田)