幻の家  佐川ちか

 

料理人が青空を握る。四本の指あとがついて、次第に鶏が血をながす。ここでも太陽はつぶれてゐる。
たづねてくる空の看守。日光が駆け出すのを見る。
たれも住んでないからつぽの白い家。
人々の長い夢はこの家のまはりを幾重にもとりまいては花瓣のやうに衰へてゐた。
死が徐ろに私の指にすがりつく。夜の殻を一枚づつとつてゐる。
この家は遠い世界の遠い思ひ出へと華麗な道が続いてゐる。

 

 『佐川ちか詩集』(1911/明治44年—1936/昭和11年)は、「詩と詩論」「マダム・ブランシュなどに詩を発表していることから、モダニズム詩人のひとりと考えがちだが、あるアンソロジーで、佐川の「緑」という詩を読んだとき、その「私は人に捨てられた」という終行を読んだとき、「モダニズム詩人」だけでは括れないものがあると思った。今回、手元にある『佐川ちか全詩集』(1983年刊)をあらためて読んで、上記の詩に惹かれた。シュルレアリスティックでありながら、妙に生々しい。「死が徐ろに私の指にすがりつく」という一行は、佐川ちかの通奏低音であるようだ。この詩は1932年に創刊された春山行夫編集の「文学」第一冊に発表されたが、当時から「医薬に親しむ」身体だった佐川は、その4年後に24歳の若さでこの世を去った。森谷均の昭森社から『佐川ちか詩集』が出版されたのは、その年(1936年)の11月だった。

(09.12.07 文責・岡田)