母  吉田一穂
あゝ麗はしい距離〔デスタンス〕、
つねに遠のいてゆく風景……

悲しみの彼方、母への、
捜り打つ夜半の最弱音〔ピアニツシモ〕。



 吉田一穂の第一詩集『海の聖母』は、大正15年(1926年)11月に出版された。「詩は垂直の声であり、絶対者の言葉である」(『未来者』序)という一穂の詩を横組みでしか表記できないことは残念である。上記の「母」はもとより、『海の聖母』の諸詩篇は、のちの詩篇とくらべると抒情的であるが、それでもすでに「極北の詩」へと遡行する詩人の業が見られる。「望郷は珠の如きものだ」「ふるさとに関するかぎり、私もまた断じて彼れ(ヴァレリイ)にその誇りを譲るものではない」と書かれる「海の思想」と併せて読むと、もう一穂の魅力から逃れることはできなくなる。一穂の詩については、また触れる機会があるだろう。(文責・岡田)