偶成  ポオル・ヴェルレエン(永井荷風訳)
空は屋根のかなたに
  かくも静〔しづか〕にかくも青し。
樹は屋根のかなたに
  青き葉をゆする。

打仰〔うちあふ〕ぐ空高く御寺〔みてら〕の鐘は
  やはらかに鳴る。
打仰ぐ樹の上に鳥は
  かなしく歌ふ。

あゝ神よ。質朴なる人生は
  かしこなりけり。
かの平和なる物のひゞきは
  街より来〔きた〕る。

君、過ぎし日に何をかなせし。
  君今こゝに唯だ嘆く。
語れや、君、そもそもわかき折
  なにをかなせし。



 外国の詩を範とした日本の近代詩(poem)の歴史を考えるとき、翻訳詩集をはずすことはできない。森鴎外の『於母影』(1889年)、上田敏の『海潮音』(1905年)に続いて、永井荷風の『珊瑚集』が刊行されたのは1913年。三木露風も、その影響を強く受けたひとりである。鴎外、敏が啓蒙的な立場から海外詩の翻訳を試みたのに対して、荷風が「好むで此事に従つたのは西詩の余香をわが文壇に移し伝へやうと欲するよりも、寧この事によつて、わたくしは自家の感情と文辞とを洗練せしむる助けになさうと思つたのである」と云うとおり、清新な文体で訳されているところが魅力である。伯爵夫人マチュウ・ド・ノワイユの「ロマンチックの夕」(2007年11月24日付の「詩と詩人と」で紹介した)をはじめとして、味わうべき詩は少なくないが、今回はヴェルレーヌの「偶成」を読む。よく知られた詩であるが、ヴェルレーヌの「余香」を実にうまく訳していると思う。(文責・岡田)