春と修羅(mental sketch modified)  宮澤賢治
心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲模様
(正午の管楽よりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路をかぎり
 れいらうの天の海には
  聖玻璃の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN春のいちれつ
   くろぐろと光素を吸ひ
    その暗い脚並からは
     天山の雪の稜さへひかるのに
     (かげらふの波と白い偏光)
     まことのことばはうしなはれ
    雲はちぎれてそらをとぶ
   ああかがやきの四月の底を
  はぎしり燃えてゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ
 (玉髄の雲がながれて
  どこで啼くその春の鳥)
 日輪青くかげろへば
   修羅は樹林に交響し
    陥りくらむ天の椀から
     黒い木の群落が延び

      その枝はかなしくしげり
     すべて二重の風景を
    喪神の森の梢から
   ひらめいてとびたつからす 
   (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSENしづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSENいよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ


 先週、「くらかけ山の雪」を取り上げたからには、今週はこれしかないというわけで、宮澤賢治の「春の修羅」である。読みやすさ、そして詩のかたちを考えて、ルビは下に別記する。また、語注なども省略する。ゆっくりと一行一行を読んでいきたい。 
 ただ、前回の補足もかねて、それぞれが書かれた日付を記しておきたい。
・ 「くらかけ山の雪」 1922年1月6日
・ 「春と修羅」 1922年4月8日
・ (くらかけ山の雪) 「雨ニモマケズ」とほぼ同時期(1931年頃)に手帳に書き留められたと推定される。

* ルビ註 諂曲〔てんごく〕 管楽〔くわんがく〕 琥珀〔こはく〕 唾〔つばき〕し 眼路〔めぢ〕 聖玻璃〔せいはり〕 光素〔エーテル〕 玉髄〔ぎょくずい〕 黄金〔きん〕 截〔き〕る