言葉なき歌  中原中也
あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処〔ここ〕で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼〔あを〕く
葱〔ねぎ〕の根のやうに仄〔ほの〕かに淡〔あは〕い

決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女〔むすめ〕の眼のやうに遙かを見遣〔みや〕つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい

それにしてもあれはとほいい彼方で夕陽にけぶつてゐた
号笛〔フイトル〕の音〔ね〕のやうに太くて繊弱〔せんじやく〕だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない

さうすればそのうち喘〔あへ〕ぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜〔あかね〕の空にたなびいてゐた


 12月になると、思い浮かぶ詩がふたつある。ひとつは、ジョン・レノンの「スターティング・オーヴァー」。もうひとつは、中原中也の「冬の長門峡」。それにしても、年の暮れになると、中也を読みたくなるのはなぜだろう(昨年12月、この「今週の詩」では中也を三篇取り上げている)。「あれ」をあらためて尋ねたくなる気分に襲われるからだろうか。だが、なぜ「あれ」なのだろうか? いや、「あれ」とはなんだろう? この詩は1936年の「文学界」12月号に発表された(いつ書かれたものだろう)。11月10日に長男・文也が死んでいる。同年6月には『ランボオ詩抄』が刊行されている。中也が死ぬのは翌年10月22日。この「茜の空」ということばを眺めていると、一方で、中也が訳したランボオの一節が遠くから聞こえてくる。「去〔い〕つてしまつた海のことさあ/太陽もろとも去つてしまつた。」(文責・岡田)