Sensation  金子光晴
――日本は、気の毒でしたよ。(僕はながい手紙を書く)燎原〔やけはら〕に、
あらゆる種類の雑草の種子が、まづかへつてきた。(僕は、そのことを知らせてやらう。)

地球が、ギイギッといやな軋〔きし〕りをたてはじめる。……山河をつつむウラニウムの
粘つこい霧雨のなかで、かなしみたちこめるあかつきがた、

焼酎のコップを前にして、汚れた外套の女の学生が、一人坐つて、
小声でうたふ――『あなたの精液を口にふくんで、あてもなく

ゆけばさくらの花がちる』いたましいSensation〔サンサシオン〕だ。にこりともせず
かの女は、さつさと裸になる。匂やかに、朝ぞらに浮んだ高層建築〔ビルデイング〕のやうに、そのまま

立ちあがつてかの女があるきだすはうへ、僕もあとからついてあるいた。
日本の若さ、新しい愛と絶望のゆく先、先をつきとめて、(ことこまごまと記して送るために。)


 金子光晴――と書いただけで、心騒ぐものを覚える。この、いまなお語り尽くすことのできない詩人が蔵している深さはなにに拠るものだろう。上記の詩は、詩集『非情』(1955年)に収録されている。その序に「正直なところ、僕は迷つてゐるのだ。この詩集は、僕のみちくさ(4字傍点)のやうにみえるかもしれないが、よくよんでもらへば、人間とのかかりあひについて、どんな剣呑な状態に僕がさしかゝつてゐるかわかつてもらへるとおもふ。」とあるこの詩集には、印象に残る詩が多く収められている。可能であるならば、三カ月ほど南の島で、金子光晴全集だけを読んでいたい。そして、その三カ月後を夢想する。(文責・岡田)