断片 20  萩原恭次郎
海のやうな量の中に小さい鼓動が刻まれてゐるのだ
知らぬ間にあたたまりゆく海水があつたのだ
その水が沸騰するやうに熱して来たのだ
何時の間にか手も指し込めなくなつてゐるのだ。


 萩原恭次郎(1899-1938)の『死刑宣告』は、日本近代詩のなかで、記憶されるべき一冊の詩集であろう。一篇ごとに版画と組み合わせたそのヴィジュアルの一端を日本現代詩大系(河出書房)において、その一端を見ることができるが、実際にその詩集を手にとってみたいと思わせるインパクトがある。その「ヂレツタンチズム」に限界を認めつつも、「もし芸術品に於て、その表現に示されたる内容以外に、或る眼に見えざる〝形而上の内容〟という如きものがあるとすれば、それが恭次郎の詩の重要な哲学である」と評したのは同郷の萩原朔太郎(1886-1942)である。その朔太郎が「気品の高い崇高な風貌を以て示されて居る」として、『死刑宣告』以上に評価したのが第二詩集『断片』。恭次郎はそのあとがきで「断片は今日より明日へと自分を築こうとして自分の身体にうち込んでいた一本一本の釘であるとも云える。これは日記以上に自分にジカなものの断片〔かけら〕かも知れない」と書いている。なるほど、我々はそこに「ジカなものの断片」を見るのだが、そのなかに上記のような「形而上的」断片を見出すとき、詩の謎、その深さを覚える。(文責・岡田)