風  辻征夫
荒れる冬の海から
吹いてくる風が
ひととき
きみをつつんで
またどこか とおくへ
吹きすぎて行く
そんな
風のようなものだと
私を思うことはできないか
吹き渡ることをやめ じっと
動かない風
それはもう風ではなく
やがて君を息つまらせる
単なる空気だ
きみが愛し
きみを愛したのは風
だからこそ
出会いはあれほどに
鮮烈でありえたのではなかったか
吹きすぎ 吹き渡っても
わたしは風
荒れる海と春の荒野が
わたしをたえず
きみのもとへおくりつづけてやまない


 辻征夫さんが亡くなって8年。今日はその命日。いつもの近代詩散策は休んで、辻征夫さんの『詩の話をしよう』(ミッドナイト・プレス刊)に収録された辻征夫詩抄(山本かずこ選)から一篇を取り上げた。今日は、この「風」を詩と読んで、詩のことを、辻征夫さんのことを考えたい。(文責・岡田)