眠れる蝶  北村透谷
けさ立ちそめし秋風に、
  「自然」のいろはかはりけり。
高梢(たかえ)に蝉の声細く、
茂草(しげみ)に虫の歌悲し。
林には
  鵯(ひよ)のこゑさへうらがれて、
野面には、
  千草の花もうれひけり。
あはれ、あはれ、蝶一羽。
  破れし花に眠れるよ。

早やも来ぬ、早やも来ぬ秋、
  万物(ものみな)秋となりにけれ。
蟻はおどろきて穴索(もと)め、
蛇はうなづきて洞(ほら)に入る。
田つくりは、
  あしたの星に稲を刈り、
山樵(やまがつ)は
  月に嘯(うそ)むきて冬に備ふ。
蝶よ、いましのみ、蝶よ、
  破れし花に眠るはいかに。

破れし花も宿仮(か)れば、
  運命(かみ)のそなへし床(とこ)なるを。
春のはじめに迷ひ出で、
秋の今日まで酔ひ酔ひて、
あしたには、
  千よろづの花の露に厭(あ)き、
ゆふべには、
  夢なき夢の数を経ぬ。
只だ此まゝに「寂」として
  花もろともに滅(き)えばやな。



 今年は日本近代詩の歴史を自分なりに考えながら取り上げていきたい。近代詩を取り上げるのは、詩の現在を考える上で避けては通れない課題であると考えるからである。ただ、横書きの制約もあり、できるだけ一画面で読みやすい詩を取り上げるよう心がけていきたい。(……などと云いながら、今回取り上げるものは、短かい詩でもなく、ルビの( )表記もあるなど、やや読みにくいところがあるかもしれないことはあらかじめ了解いただきたい)
 北村透谷(1868年(明治元年)―1894年(明治27年))といえば、「楚囚之詩」や「蓬莱曲」を思うのが一般であろうが、その自死の半年ほど前に書かれた蝶の連作詩篇に惹かれる。透谷は、詩即世界を生きんとして、そのたたかいの途次で若くして自死した。「只だ此まゝに「寂」として/花もろともに滅(き)えばやな。」という詩行に「敗北」のトーンを聴くのはたやすいが、よく読めば、この詩行が、よくたたかった者にしてはじめて書くことができたものと了解される。そして、この透谷のたたかいが日本の近代詩にとって不可避であったことを知らされるのである。(文責・岡田)