昨日いらしつて下さい  室生犀星
きのふ いらしつてください。
きのふの今ごろいらしつてください。
そして昨日(きのふ)の顔にお逢ひください。
わたくしは何時(いつ)も昨日の中にゐますから。
きのふのいまごろなら、あなたは何でもお出来になつた筈(はず)です。
けれども行停(ゆきどま)りになつたけふも
あすもあさつても
あなたにはもう何も用意してはございません。
どうぞ、きのふに逆戻りしてください。
きのふいらしつてください。
昨日へのみちはご存じの筈です、
昨日の中でどうどう廻りなさいませ。
その突き当りに立つてゐらつしやい。
突き当りが開くまで立つてゐてください。
威張れるものなら威張つて立つてください。


 室生犀星は、詩の達人という趣きがある。最後の詩集『昨日いらしつて下さい』に収められた詩篇を読んでいると、「詩は青春の文学」などという物言いが色褪せていくのを覚えずにはいられない。「学道の人、若し悟を得ても、今は至極と思ウて行道を罷ル事なかれ。道は無窮なり。さとりてもなほ行道すべし」とは、道元のことばであるが、犀星の最後の詩集を読んでいると、犀星が「さとりてもなほ行道」したことが知られるのである。どの詩も味わい深いが、ここではタイトル・ポエムを。(文責・岡田)