詩の雑誌14

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主な内容 2001年冬14号(2001年12月5日発売)内容
●詩作品
稲川方人 井上輝夫 近澤有孝 高貝弘也 三井葉子 松元泰介柴田千晶 藤原龍一郎
●小詩集 北川浩二  
●連載対談 10
イメージを超えるもの
谷川俊太郎+正津勉/ゲスト 鈴木志郎康
●追悼川上春雄
吉本隆明 間宮幹彦 兼子利光
●現代詩とは何か 小谷野敦
●平居謙の「ごきげんPOEMに会いたい」第8回
 國中治&佐々本果歩の巻
●詩の教室 高校生クラス 清水哲男 一般クラス 川崎洋
●その他の執筆者
大澤恒保 長谷邦夫 松岡祥男 根石吉久 高取英 福間健二 井坂洋子  井上輝夫  萩原健次郎   くぼたのぞみ 松本亮  ハルノ宵子 元山舞 

■表紙「雲の船」・目次・本文イラスト 永畑風人
■写真 野口賢一郎


 暦の上で二十一世紀を迎えたとき、新しい世紀を迎えたという実感はなかったけれども、二〇〇一年九月十一日を過ぎたいま、新しい時代(歴史)を生き始めたことを実感しないわけにはいかない。  僕は、二〇〇一年九月十一日に起きたことについて語る力量がない自分というものを知っているつもりだが、その上で考えると、いま、我々は奇妙な情況のなかにあるのではないかという思いから逃れられない。性急な判断を誘惑される一方で、判断停止の隙間に落ちることを強いられるような情況……  いずれにせよ、生の実践が、歴史を生きる我々一人ひとりの課題として立ち上がってきたのだと思う。  あらためて思い起こしたのは、ジュゼッペ・ウンガレッティの言葉である。  「まさに詩だけが・・私はそれを恐ろしいまでに学び取ってきた、そして身に滲みて知っている・・わずかに詩だけが、どれほどの悲惨が押し寄せてきても、自然が理性を支配しても、人間がおのれの作品をかえりみなくなり、たとえ・元素・の海に漂っていると誰もが気づいたときにも、まさに詩だけが、人間を回復できるのだ」  「まさに詩だけが、人間を回復できるのだ」 ・・この言葉を単純に受け取ってはいけない。ここに集約された「ある男の生涯」の実践はまた我々一人ひとりの実践でもあるのだから。■川上春雄さんが亡くなった。残念である川上さんといえば、吉本隆明氏の『初期ノート』・・とりわけ、「過去についての自註」・・や、『吉本隆明全著作集』が思い浮かぶのはいうまでもないが、吉本さんの『なぜ、猫とつきあうのか』(小社刊)は、川上さんなくして生まれることはなかっただろう。いまも、受話器の向こうから川上さんの声が聞こえてくる。二度ほどお目にかかったことがあるが、酒を飲みながら会津の男を語る川上さんは楽しそうであった。朴訥な語りの奥に秘められた剛毅な精神。氏はまことに会津の人であった。吉本さんの資料集の連載を約束されてもいたのだが……。心から御冥福をお祈りします。■これまで1折は活版で組んできたのだが、それも今号で最後となる。鉛の活字の美しさ、強さを愛するものとしては残念である。共信社印刷所の柏原社長とはじめてお会いしたのは、まだ二十代はじめの頃であった……。長い間、ありがとうございました。(お)




新しい塹壕の掘られた世界で  稲川方人

泥土に埋もれながら行く
私の黒のブーツに踏みつけられた蛇の死骸を、
いつか私が荒れた寄宿の夢の終わりに思い出すころ
新しい塹壕の掘られた世界で、
あなたは生の人と死の人の悲劇の
幾十年後を生きているだろう
そう私が観念したのと同じに、
私の命は、父の連れ立った沼地の腐った貝のように
見知らぬ国の窓に倒れている
一度ならず、とても強く青空に裸のからだを捧げたいものだと
砂嵐の吹くあなたの家を訪ねたのは
私がまだ完全な幸福の実質に泣くことのできた
若々しい朝のことだ
論証の可能なあれらの日々は、
どんな憎悪にも耐えて小さなスプーンに落ちる蜜をなめ
短めなあなたの髪の義務の純粋を愛していた
罪の威嚇が無辜の形式をさいなむことを知り、
なだらかな坂で雨に打たれながら
花を(花のコスモスを)死者の境地に見つめて、
私は筆紙に不能な生涯の毀損としてとり残された
その毀損を私が生き残るなら
新しい塹壕の掘られた世界で、
意志の苦痛のささやく幾十かの歌章を
私のためにあなたは誇りつづけるだろう