詩の雑誌9号
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主な内容 2000年秋 9号(2000年09月5日発売)内容

●詩作品
白石かずこ 藤富保男 井坂洋子 山本楡美子 八木幹夫 
谷内修三 岡田清子 松本圭二 鍋島幹夫 山本哲也 秦愛子 奥村真 
星野守 布村浩一 山岡広幸
●連載対談・
決まり文句を捨てて いけるところまで クールに ホットに
谷川俊太郎+正津勉/ゲストDiVa
●今号の執筆者
瀬尾育生 福間健二 長谷邦夫 松岡祥男 根石吉久 高取英 平居謙
 くぼたのぞみ 大家正志 和合亮一 里中智沙 根本明
詩の教室 講師 清水哲男 川崎洋


暑い! 暑すぎる!! 生きていこうとするエネルギーをしぼりとられるような暑さだ。クーラーをつけっぱなしにして寝る夜が続く。目覚めはすこぶる悪い。身体の節々がシクシクしている。■冷蔵庫もクーラーもなかった子供の頃を思い起こさずにはいられない。あの頃、親たちは、どのようにして夏を過ごしたのだろう。一九五〇年代の夏と二〇〇〇年の夏との差異と同一性について考えてみるのも悪くないか……。■この夏、暑さに加えて、ひときわ強く意識されたのは時間の速度である。新聞を読んでいても、日々の出来事が圧倒的なスピードで過ぎ去っていくような印象だけが残る。この速度のよってきたるところについては、考えてみないこともない。たとえば――、かつて、ザ・ビートルズは「ペイバーバック・ライター」を歌っていたけれど、いまは「ペイパーバック・エコノミスト」の時代かな?というように……。しかし、この速度に追われるように日々を過ごすしかない身としては、この速度とどう付き合うのかが、とりあえずの課題である。そして、それは、そのまま、詩の時間という主題にたどりつくだろう。■(わたしには/死ねるだけの高さがあったのである)■これは、稲川方人の『償われた者の伝説のために』(一九七六年)に収められた二行である。「死ねるだけの高さ」がなくなったいま、速度だけが――「死ねるだけの速度」だけが残されたのだろうか。■小誌は次号で10号を迎える。詩の時間をはじめとする様々な主題は、これから実践的に試されていくことだろう。「詩の教室」の高校生クラスの投稿者である元山舞さんの詩集の刊行、ホームページのリニューアル(98頁参照)など、元気にやっていきたい。102頁の読者アンケートもよろしくお願いします。「バッバッバッバ、ブルチャチャ、ブルチャチャ、ダダーン、ゴーン」(49頁参照) (岡田)




ハイウェイを爆進する詩     松本圭二

サイドシートの男は砂漠蛇の眼をしている
さっきからしきりにカーラジオのチューナーを回し続けているが聞こえるのはどれも得体の知れない
外国語ばかりだ
狂った、馬のような声、どうでもいいが
どうやら世界史的な事件が起きているらしい
「もう雨は降らないだろう。今夜、一切」とその男は言い薄く眼を閉じた
乾いた眼に煙幕をはるように
(…ああ、今がチャンスなのかも知れない
男に脅迫されるまま車を走らせていた俺はそう思ったものだが、とっさにどう行動していいのか
右足は相変わらずアクセルを踏み続けている
ふたたび眼を開いた男に俺は「とにかく現場へ行けばいいんだな」と言った
だがどこに「現場」があるというのだろう
二〇世紀後半の教科書ではもはや地上に現場など存在しないと教えていたはずだが
砂漠蛇の眼をした男は記憶から無理矢理引っぱり出して来たようなリボルバーを俺のこめかみあたりに
向け「今から三つ数える」と言った
(三秒後の死?おい、ちょっと待てよ……三つ数える間に俺はいったい何をすればいいんだ?
「おまえらごときに何も期待してはいない」と男は言った
「たとえ三十年の執行猶予を与えたところで結局は同じことだ」と
1、
写真と呼べるのは子供のころの写真だけだ
 2、
不機嫌な顔をしてネズミ色のスカイラインを運転していた父の横顔をもう一度撮りなおしたい……
 3、
写真の俺は人間のようだったし実際に人間と似ていた
しかし誰からも言葉を習ったという記憶が無い
「俺はおまえの言っていることがわからない。わからないが、なんとなくわかるような気がする。だからもう少しだけやさしく説明して欲しい。ゲンバとは何か」
蛇男はとぐろを巻いた
「いいさ。もう少しおまえに付き合ってやる。そのままアクセルを踏み続けろ。アクセルとはおまえの右足が乗っている小さな板のことだ。その板をもっと踏み込んでみろ。そうだ、その調子だ」
ようするに歴史の授業だな
地理の勝利はもう揺るがないと思うが
どこへ行くか
どこかへ行くしかない
「おまえはエンプティーという言葉を知っているか。・空・と・殻・の違いは?・魔・と・間・はほとんど同じ言葉だと思うがどうか。誰が作った? 歴史か? 地理か? おまえか? 人間がそれからどうなったかおまえ知っているか。地上戦は今に始まったことではない。おまえもそろそろこの戦いに参加するべきだと思うがどうか」
ノアの戦いだな
雨は地球の最初の恵みだったはずだが
大洪水から逃れた方舟はそれからどうなったのだろう
忘れた
考えよう
この蛇男の望みは何だ?
罪は?