【HP新刊紹介】より
中村剛彦さんの第二詩集『生の泉』が刊行されました。「かつての私の影たちへの決別の意を込め」て出版された第一詩集『壜の中の炎』から7年。友人の突然の死がもたらした内省は、「何のために詩を書くのか」「詩とは何なのか」という問いをさらに深化させて、一冊の詩集を生みました。「もし君が本当に詩を書こうとするならば/君はすべての記憶を裏切り続けるしかない」。生と死、夢と現実、聖と俗、善と悪……抒情と反抒情のクリティカルな弁証法が織りなすことばのタペストリーは読む者を捉えて離しません。いま当HPで連載されている「中村剛彦の『甦る詩人たち』」と併せて読まれることをおすすめします。
下に紹介するのは、集中の抒情的な一篇です。
山下公園の回想
泳いでいる
僕の周りでは君は笑いながら
ときに泣きながら
鴎のように両手を大きく振って
泡立つ僕のこころの傷に海風を送る
むかし、君とともに遊覧船に乗って
橋をくぐった
温かい君の手が僕の未熟な詩を包んだ
君は死んだんだ
君が愛した鳩たちも死んだ
僕はとても悲しんだ気もするが
どこへ言葉の帆を向けても
君がいる 泳いでついてくる
僕は帆を高く張る
君の声を孕んで
新しい言葉の廃墟に向かって
一人波に体をあずける
君はどこにいても手を振っている
そんなときに満ちてくる孤独の幸福
いまこそ生の航路が
僕には見えるようだ