花泥棒は象に乗り
注文する

 
著者 秋川久紫(あきかわ きゅうし)
装丁 大原信泉
発行 2006年10月20日
定価  
本体2200円+税
ISBN ISBN4-434-08433-X C0092 \2200E
判型 A5変型判(210×140ミリ)/90頁 上製糸かがり
[収録詩篇]
花泥棒は象に乗り 南蛮屏風 宗達 北斎 8½ 儀式 磁場 繊月に迷ひて 燕子花 茶房 五合庵にて 夜の夢路に迷い来て 反骨 挽歌 隘路 変奏詩篇 横須賀にて叙情詩をつくつてみませう 春信 お仙  あとがき

【帯文章】より
「自由人。いい言葉だ。」
時空を超えて飛翔する言葉とものたち。
恋の歌から、独自の「戯曲風詩編」まで、
自由な精神が織りなす、生のカレイドコープ。



横須賀にて叙情詩をつくつてみませう

秋川久紫

 

横須賀の海辺に

わかめが干してある

バーの立ち並ぶ路面には

どんな夜の喧噪が味はい尽くされてゐたか

その中に何軒の外人相手の店があつたのか

 

昔は娼家ででもあったのか

今 化粧のはげ落ちたやうなこの街に

海風の絶えぬこの街に

洗濯ばさみで止められた何万枚もの細い女の髪

もの言はぬわびしげな女の食欲

 

例へばこの街に

初めての夜を過ごしにやつて来た男女達は

潮の香りと旅の愁ひに満ち足りて帰つたが

おそらく幾多の女の微かな悲鳴を

夜の若いしぶきの中で聞きのがしたに違ひない

 

軍艦マーチも

<幸福な家庭>の幻に憑かれた娘の唄声も聞こえないが

このどんよりした昼のたたずまゐの中に

さり気なく

にぎやかに干されてゐるわかめ