『The Unknown Lovers』
(ジ アンノウン ラヴァーズ)
注文する

 
著者 長谷部奈美江(はせべ なみえ)
装丁 土田省三(Little Elephant Co)
発行 2001年9月25日
定価  
本体1500円+税
ISBN 4-434-01340-8 C0092 \1500E
判型 A5判 / 104頁 並製糸かがり

[収録詩篇]
驟雨の後の アラバマ猫 窓際の一分 ニューヨークの雨 次の親子 片腕の時間 夜の計画 摂氏二度 一九九九・七・七 手 あした、新しい服ができる  六月の顔 路上で 恵 白い帽子 橋を渡る もっと古い家で会えばよかった いつからいないのだろう 感謝することはできなくとも 天振り来むものならなくに 間違いをおぼえたように眠くなる いつかそこにいる友だち 北京の海水浴 35ミリのお花畑

[帯]
中原中也賞受賞詩人が21世紀に向けて放つ、いとおしい物語。
生きているあなた 死んでしまったあなた 愛おしい みんなみんな愛おしくてたまらない 生と死の境界(ボーダー)を 言葉が超える──。



窓際の一分
長谷部奈美江

むかいの席の男のひとはタイ料理を食べながら
わたしのことを幸子だとか知美だとか
悪ふざけではなくて
「いいお天気だね」っていった次には
男のひとにとってわたしは幸子ではなくなり
知美や靖子になっているのだ
病気という言葉を使えば簡単だけど
男のひとはむかしはわたしの恋人で
いまだってその面影がある
広島の街の空気を吸えば少しはよくなるか
とも思ったけれど
窓の外を白い遊覧船が流れてゆくだけで
タイ料理がおいしい
しばらく心配そうに
わたしたちの方を見ていた男のひとの母親は
コーヒーを飲むことにしたようだ
知美にしても靖子にしても
男のひとの記憶にある女のひとで
年齢も関係もドレスの色もわたしにはわからない
でも男のひとはいい血色をしている
だって今でもコンピュータの修理なら天下一品だもの
なんでこわれちゃったのかな
わたしが他の男のひとを好きになっちゃったからかな
そんなのはしょっている考え方で
原因はアンナさんかもしれないし
上司や同僚もしくはアクシデントのせいかもしれない
食事がきれて
わたしが一人だけ知っている女のひとの名前をいうと
一分間だけ話が通じた