詩の教室   第一講 「 リンゴの断面」

                                                                              久谷雉

 

 

○入選作品

 

やはらかな火種ネ  草間美緒

 

揺れている

炎の

ペラペラとした

指先に

ひらひら笑って

えんぴつをすっと

真横に引いて

生徒たち

 

その心臓に

よく熱した

鉄球を、突き入れて

生きている感覚を

ひきわたす

 

よく眠って

朝起きて

真っ昼間にあいましょう

 

炎の光は

ふけるほど軽く

青や金に明滅をくりかえすけれど

 

さわってごらん

掌をまるめて

 

心臓をうけとったとき

みたいに

温度と

においを

よく感じておいて

 

ペラペラと揺れる火を

水辺で知覚する

たった一回きりの夜

誰とも共感できない

 

発話さえできない

つっかえてえづく言葉を

歯形つくまで

噛んで潰して

のみこんで

 

 

 

 

星の梢   堺 俊明

 

眠ることができた

朝起きて

眠れたこと

 

数字と記号を忘れさせた

疲れとは

一体何だったのだろう

御守りのような

白い欠片

それは私の生きる決意とは

別の力で

毎日を励まし続けていた

 

でも今朝

眠りから覚めて

まだ自分に残されていた

眠る力に

驚いて

 

嬉しく

それから

哀しかった

 

なにもかもきれいに

忘れてしまう日が

くるような気がして

 

決して消滅しない

思い出の中の時間も

深く沈んでいくのなら

 

一体あの

叫んだ日は

どんな重さで

道をつくったのか

 

柱が撫でられるのを

まっているように

尖っていた

 

触れて

暖かくなる

 

手のひらから

温度が去って

 

ひとつの道が

別の道を追いかける

 

 

○参考作品

 

 

盗賊たち  群 昌美

 

いつか堕ちる

小鳥たちの胎内で眠っている

造船所に降りそそぐ

初夏の陽を薄目に織り込んだまま

美しい羽を、散財させる

いま、まだ生きている肉を

均衡の保たれた隣人に少しずつ分け与え

重力を殺すために編んだ空論は

紙ひこうきよりも軽く

純粋だから

雨に翻訳され

泥に暗唱されて

性の結び目をつぶさに読み解かれても

再び一枚の紙になれるのならば

航空技術者に剽窃された

虚空というゆりかごに

青い原動機を積んで

ねぇ、

ここから逃げてしまいましょうよ

手と、夜をつないで

くぐり抜けた、針の雨に

泥濘んだ悲鳴は、化粧をなおし

指先に、繁栄した都市から

透かし見た、光の王冠

夕映えの冴えた感覚が

大気に含まれる、微量の

郷愁をメディウムに用いて

口唇期の森を、描く(はじまり)

光、かがやきに分け与えられた

くだもののような目

その、緩慢な愛撫を

無視しつづける

小さな内臓の集積として

蕾。

紙つぶて、のように

つぶれてしまった肺を手放すと

葱の花、ふくらみ

若草が宙返りする

かつて、すべての身体は

非肉体的な女性で

また、それらの少女時代は

金属であり

あるいは、密やかな空隙だった

息を殺し

綺麗なものばかり

見つめていた友人は

皆、ひとりずつ

小さなオルゴオルになってしまった

蚊帳のなか

いなずまに似た

こどもたちに

物語を読んで聞かせてくれた

盗賊たちでさえ

ひとり残らず

焼かれてしまった

指先に灯った文化は

みじかい蝋燭のように潰えてしまい

少女は、夜の体を守ろうと

オーバーサイズの衣服を身にまとう

雷鳴を、僅かな空白に擦りつけ

古い書物とおなじ夢を見る

風に、鍛造される

そうして

雨と、泥との

往復書簡(相互的な窃盗行為)はおしまい

子どもが指をさす

母が、見上げる

 

 

分度器の空  佐々木貴子

 

姉は雲形定規を、わたしは分度器を持って生まれた。形のない愛など信じることができず、思い出しては輪郭を勝手に描いた。夏の空を見上げれば、姉の雲がやさしく漂う。それは朝も昼も日が沈むまで、たしの誇りだった。

 

分度器で無理に描く正方形は、この街によく似ている。まっすぐの道はどこにも無い。ザラザラの石が、泣いた身体の隅々を歪ませた。夏の空を見上げれば、姉の雲がやさしく漂い、わたしを見下ろす。見下しているみたいに。

 

見捨てられた街にも風が走る。きっと、あれは姉の描いた最後の雲。両親は雲に手を振った。急いでわたしも雲を描く。夏の空を見上げれば、姉の雲がやさしく漂い、寂しく風鈴を鳴らす。鳴らない風鈴もある。風が痛くて。

 

空を見てしまう。春には見上げなかった空。ワンピースの裾が風に揺れると、姉の心も身体も大きく揺れた。夏の空を見上げれば、姉の雲がやさしく漂い、分度器を持つわたしを揺らす。スカートも心も揺らされたくない。

 

未完のまま放置された現実が夕日に照らされ、完璧になっていく。夏の空を見上げれば、姉の雲がやさしく漂う。壊れそうな分度器と、わたしの描いた月。あれは、わたしを照らすための月。姉が一度も描かなかった、丸い月。

 

 

髪を切った  逸可実和子

 

髪を切って

かくしていた耳をさらす

朝の空気にふれさせてみた

今日が暑いのか寒いのか

身体で温度がつかめなくなった

だから

使っていない

耳たぶをだしてみた

 

私は昨日の夜に髪を切った

軽くなりたかった

ただそれだけだ

目盛りにはさほど影響しない

でも

整理できなくなった出来事から

僅かでも浮き上がれる

軽さが欲しかった

そして外の気温を感じたかった

 

季節外れの突風が

耳に痛みをかぶせてくる

いいだろう

せいぜい

だいぶ前に開けたピアスの穴が

ちょっと広がるだけだ

新しい触覚になっていく

動きはじめろ