デュラスの映画で二度泣く   山本かずこ

 

まわりの男たちは

いつのまにか

じゅんじゅんに

五十歳になっていった

 

私は少しだけ遅れて年をとる

たったひとつ 年を加えただけで

世界が変わったような気がしたことは

かつてなかった

けれども

男たちは 五十歳になったとき

目の前にあった

崖から飛び降りたのか

それとも

天にのぼったのか

私の目の前から

自らを消してしまった

(そして誰もいなく  なってしまった)

たったひとつ

年を加えただけで

消えてしまうものがあるというのか

 

そんなある日

私も五十歳になった

 

空は青く

いつものように変わらなかった

風は

窓の外の洗濯物に優しく

ささやいている

私は崖から飛び降りはしなかった

私は天にものぼりもしなかった

 

八十一歳で死んでしまった

M・デュラスを描いた映画を見た時

どうしても泣けてしまう場面があった

同じ映画館に足を運んでたしかめる

すると

二度目もやっぱり泣けてしまう

四十九歳だったら私は二度も泣いただろうか

M・デュラスを演じる

ジャンヌ・モローの突然のほほえみ

舞い戻ってきた

三十八歳年下の愛人を迎えるときの

突然のほほえみに泣けてしまう

それが

私にとり

ひとつ年をとるということなのか

bunkamuraの映画館を出て

若者たちで賑わう渋谷の街を

駅へと歩きながら

同じ場面で泣けてくるということ

私がすでに四十九歳ではなくて

五十歳になってしまったということを考えた

 

山本かずこ 高知市生まれ。「詩と散文」は毎月、更新していきます。

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