日時計

 

流川通りに面した半間幅の木の扉を開けると傾斜三十度の階段が目の前にあった。まるで体内に内蔵されたはしごがゆっくりと現れ出るような心地がした。中ほどの天井から二十ワットの裸電球で照らされているだけだったのでなかの様子はすぐには見極められないのだった。

この階段はビルの二階まで一気に通じている。人ひとりがやっとすれちがえるほどの広さだった。突き当たった踊り場の左手にジャズ喫茶シルバーの扉がある。いわばシルバーへの専用階段で、角がすり減り黒光りする踏み段の数は十五だった。桂はそれを何回も確かめてきた。自信を持って明代に教えると「あなた、やっぱり専攻まちがえたわね」とからかわれた。「所詮除籍の定めだったか」と言い返しながら、数えるのはきまって登るときで降りるときではなかった、なぜだろう。口に出せばヒマ人のトリビアリズムと明代にまた笑われそうだったが一考に値すると桂は思った。

入ってすぐ右手奥のテーブル席に向かい合って坐った。すぐにカウンターにいた男が振り向いて笑いかけてきた。「まだこの街にいたんだなぁ」桂は何年かぶりに顔を見る大坪に感動して言った。セロニアスモンクの「ラウンド ミッドナイト」が流れていた。カウンターには近くのナイトクラブでの演奏を控えた五人のジャズ奏者たちが並んでいる。彼らはやがてメジャーデビューを果たすジャズメンだった。たまにシルバーでも即興で生演奏を披露した。

「アベックでここに来るなんてめずらしいじゃないか」

大坪はそんな風に訊いたようだがよくは聞き取れなかった。仮にそうだとしても返事のしようがない。明代が、

「誰?  元ゼンキョウトウ?」

  声をひそめる風もなく言うので桂も、

「昔々、男ありけり」

詳しい説明は避けた。大坪はこちらの席に移ってきたそうであったが何か遠慮するものを感じたのかやがてカウンターの内側に向き直った。背中が少し寂(さび)れていたので立ち上がって桂の方から近寄った。

「来年の春には卒業できることになった。就職も決まったんだ。外資系の医療機器メーカー。お前は?」

「もう少しこの街に留まろうと思う。元気でな」

それだけであと話すことはなかった。かつて大坪と南條の三人で比婆山で三日間キャンプ生活を送ったことがあった。あの頃はどんな些細なこともすべてが愉しいと思える日々だった。桂もみんなと一緒によく笑った。いつの間にか時は移り四年後のいま依然行方の知れない南條はこの世に自分の子供が誕生したことを知らない。