寓話

 

その地は昔からかふかと呼ばれていた。漢字では鹿深と当てられる。故老たちは音読みでろくしんと呼び慣わしてきた。その名の通り鹿も棲む奥深い山里だった。

八十戸ばかりの集落に釆女姓はたった二軒しかなかった。住人らからは上の家と下の家と呼ばれ、ともに代々崇敬されてきた。上の家は集落のど真ん中に高い石垣を組み、そのうえに権現造りの家がお城のようにそびえていた。下の家はそこから三百メートルほど離れて鎮守の杜と向かい合うようにひっそりと建っている。内々には百年来の母屋と新家の関係であり陽子は下の家の三人姉妹の長女だった。

何代も前に落ち延びたと思われるこの地でたった二軒とはいえ釆女姓は途絶えることがなかった。都近辺の豪族の末裔でありかつて天皇に仕える美女を出したことはその苗字に名残りをとどめている。しかし千年以上前のことだから本当かどうかは分からない。いま鹿深での釆女家はまわりの山々のほとんどを所有する山地主だった。

生まれてからずっと鹿深で父母と末の妹に育てられてきた蓮を迎えに行きたいと陽子は壹岐に相談した。勘当されたも同然の身なので両親の説得役として同行してくれるよう頼んだ。壹岐は是も非もない、喜んで行くわと言った。シローも桂も一緒に行くことになった。桂には去年のクリスマスイヴにひとりぼっちにした罪滅ぼしだからと笑いながら引導をわたした。大坪と偶然出逢って飲み明かしたというウソを壹岐は信じ切っているのだった。