詩の教室   第二講 「 〈軽み〉への期待」

                        久谷雉

 

◯入選作品

 

 

 

 

 

足ゆびと月のアイダ

谷口鳥子

 

 

だんご虫みたいに

まるまって足ゆび

 

紫のカーテン少しだけ めくり

月みえるときだけ月 見上げ

吸いこんで細ク白ク

白糸で五本指ソックスの穴かがる

うごけうごけうごけ パーのできない足のゆび

 

足ゆびに線くにゃり

おしこめられている

 

朝ノ空気ウゴキダス前ニ線ハ字ニナッテ詩ニナッテ 線は

ベランダの柵を抜け壁をつたい舗道の目地じぐざぐ信号機にまきつき見えなくなってく月のほう へ

 

 

黄色い線の内側に

二列に並んでいる

 

 

 

 

空間識  群 昌美

 

やっと、目があいたばかりの

九つぐらいの男の子が

提げた袋のなかにある

買ったばかりの

(買われたばかりの)

パンを

のぞきこんでいる

(のぞきこまれている)

ひとり、ふたり(それもひとり)

と、男の子の背後には

ぞろぞろと階段から下りてくる

平易な図形で構成されたような

善人たちが列を成し

うすい手のひらに

ひしゃげた釘を打ち損ねながら

まもなく、まもなく

と、上書き保存の重ねられた

予言をしんじて

目(砂粒、その堆積)

を、こまやかにふるわせている

 

ささいな合意

「音楽」の署名をトレースし

変換された音のかけら

それをシグナルに

善人たちは領域をたやすく脱ぎ捨てて

ドア、をくぐる

なだれこむ人物に

さらわれてゆく男の子

大事そうに袋を提げた腕だけが

置き去りにされて

まだ、あきらめきれない人が

階段を駆け下りてくる

あと、わずか数歩のところで小走りになり

かばんを胸に抱えるが

かたまりとなった人物たちの

奇態に気圧され

そこでやっと、あきらめがついたのか

踵を返し

なにかを、つぶやいた

(そんな、ひとりごとを丹念に蒐集する)

故障でもしたように

ドアがなんども開閉をくり返したのちに

人物たちは

(気孔を無数に具えた有機体となって)

運び出されていった

 

男の子は、未だ

腕の所在を見失っている

得体の知れない大きな物質の狭間は

なまあたたかく

ざらついた息づかいが

そこらじゅうから聞こえて

過剰に湿った麻袋に

顔を被われているようだった

わずかに覗くことのできた窓からは

夜の景色と

並走する車両が見えた

車内には、だれもいなかった

つり革たちが

円満な関係を保ちながら

ただ、ゆれていた

その下を、ゆっくりと移動してゆく

まだ、太陽の光を知らない旅客機

そんな、静穏な風景に

しばし見蕩れていた

 

(虫かご。の、なか、の昆虫。)

電車が

トンネルをくぐる

(が、死んで。いた。夏、の日。)

ゆれる

袋をつかんだ手を思いきり引き抜く

トンネルを抜ける

手元へ帰ってきたパンの袋をそっとひらいて

その暗がりに視線を落とす

(  の、なか。 が )

( れ て。 いる。)

男の子は

こころのなかで芽生えたばかりの

やけに大人びた声音をあやつり

なにかを、つぶやいた