「文体詩」の内訳 以下は、中原中也賞受賞作([3])の「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」。掲出部分は、詩集の巻頭を飾る、詩集の題名ともなった作品の各節冒頭である。ただし各節と言っても、目に見える形での区分は、一行空けにすぎない。冒頭のアルファベットは筆者。なちみに、発言の席が定かでないが(高見順賞の「受賞の言葉」?)、分析されるのを回避すべく、常にその先を行っていたいかのようであった。

 

a 一日は憂鬱でありやくそく、叱責でありときどき逢瀬であり、自分と同じでかさ質量のずだ袋を引きずって、ずーるずーる歩く行為であって、それがわたしのコーヒーの飲めやん癖とどう関係しているかということはまったく考えたくないなあ。

 

b コンビニになんか買いに行く途中に夜がきらめいておって、正しくはあれなんやったっけ、電灯じゃない、信号、信号の赤ってあんな奇麗やったろか、あんなにでかく? 潤んだにおいをずんずんと嗅ぐと風がぶわんと秋やが、気持ちはやっぱりにおいの氾濫、春の夜は恐ろしい、それは桜の森の満開の陳述に漏れることなく記されてんのが全原因やって誰かってきっとそうやろな、特別や運命はもうちりぢりやから譲ったり。

 

c 空前絶後・空前絶後の響きありで前進の様子を彼にはみせたりたかったな、行った事もないのに懐かしゅうあるこの嘘っぱちが、目を一瞬生き返りの衝突をなげく小林秀雄があまりの一流好みの饒舌者、もっとどんどん言語に美学のいろはを! 婚儀を! 熱狂に駆り出される生活の両うでと両あしを! 何かが何かについて語るとき離脱してゆく小林の酔っ払いのぐにゃりった覚悟が俄然輝きましましそこいらの自同律とにせんもんをさとす、ひゅー、形式と保身と攻撃が大好きな君らのほんとの大好物はなんですか。

 

d べっこの宇宙了解を生む、べっこの宇宙了解を生まん、それすなわち目と言葉、この固形、は、いったい誰の問題であろうかしかし分然、追えば放心が高くなってって、あの最中でどこまでもどこまでも注がれたいのは、どこのせいなん。

 

e 真夜中、ほんまの真夜中に、視線が背中に食い込むん感じて振り返ると幼児のわたしが泣いているではありませんか。話しかけても無言話しかけても無言でだんだん悲しくなってくる、はれまこんなに小さかったけか幼児対応のわたしは襟のだるだるにゆるんだ青いタンクトップを着ています、そうや光子ばあちゃんを待ってたんや光子を、いつだって我らの光子を、角屋はうどん屋、だから今さらにうどんは好かん、おなかがいっつも減ってるねんの記憶。

 

f ああ腎臓は人間のもっとも新しい臓器ゆえに不安定でな可愛いな女子の先端と綿密に連絡をとりあって、せいぜいお水の流れを清くして発熱だけは避けてほしい、や、発熱も可それも可、極端であってくれさえすればわたしはなんでも受け入れよう、健康でさえあればでっかい声帯とでっかい膝の骨をもちわたしはどこでもあらわれよう、春の登場、別れの増進、わたしは奥さんの咳であったし真っ青な顔の美しい結核奥さんは今もどこかで黄緑の咳をしていてわたしはそこにあらわれるんです、ほいでときどき膿みにもなって美しい奥さんの歯茎にたまる。

 

 

 

全体では四〇〇字詰原稿用紙で一五枚弱である。形のうえでは長い散文であるが、冒頭から明らかなように散文にする必然は、長文化を含めて内容あるわけではない。瞬間的には「声」である。発声法を験す新しい発語のためである。自動速記のように発語が発語を繰り出しストップがかからない。散文化するのもそのためである。通有の改行詩は原理的にも採れないのである。息継ぎの点でも一行が実現できる総量性の点でも。

しかし一方で長さは、散文的安定を発語に求める。前後関係の整序(意味の整合)に執拗にかつ合理的に働きかけてくる。川上未映子の中にある発想には、要請するものへの一種の意趣返しともいうべき反意性が常態化している。言語的性分とでもいうべきか。いずれにしても長さは長さのためではない。結果であっても原因ではない。それ以前である。

明らかなように、そこに見出せるのは局面である。局面と局面とで構成されているのである。あるいは並び立てられている。掲げたa~fが物語るように、極端に言えば、これだけでも詩は成立する。前後関係など元々ないのである。ないことが成文法を取り繕っているのである。これも通有の散文詩でなく「文体詩」たる所以である。ならその成文法とはいかなるものなのか。彼女の言い分を聞いてみよう(『世界クッキー』)。

 

存在のほとんどは言葉によって語られることで存在し、またその言葉も無数に存在するもののうちの、ひとつのものに過ぎません。この詩集はこのように言葉を使用して生きているものならば誰だって心当たるであろう初心者の「存在と言葉の含み込み合い」への驚嘆と直感とをめぐる生活者の息づかいを記録するしかなかった、ある生活者の呻きと溜め息そのものです。(中原中也賞、受賞の言葉(部分))

 

本稿は、なぜ彼女に詩と小説の両者が必要であったか、その関係はどうなっているかに関心を抱くものであるから、かりに両者の前提となる「生活者の呻きと溜め息」に注目するとすれば、通常なら生活者は日常を超えて言葉を必要としないから、それで「初心者」と措定したのだとすれば、もとより初心者を衝き動かすのは、言葉のための言葉のような抽象的発話・発語ではない。そこで彼女は言う。

 

断髪、性交、恐怖、四時、夜、母……、それぞれの場所からそれぞれの女性の語りをもって伝えられるそれらの呻きはむろん、見る者、読む者においては様々な照り方をして、形而上的嗜好に対しては観念を、形而下的嗜好に対しては女性の性における様々を想起させるでしょう。けれどこの呻きの発せられる場が形而中以外のところであったことはこれまでに一度もなかったし、またこれからも断じてありません。(同上)

 

すなわち「形而中」なる語にその源があるのだと。強調された最後の一文からも明らかなようにこの言葉にかける思いは強い。だからこう思っているのである。意味に面と向かって新たな意味を創り出す、テツガク者然とした観念的操作はもちろんだけど、モノに憑かれてとりつかれたことをいいことに、感情まる出しのコムスメ然とした気分もよしとしないのだ、と。すなわち、両極性に馴染めないでいると言っている。なにかにつけ釈然としないし、了解しえないのである。

それが、すなわち混迷を深めていることが、「形而中」からは、いの一番に帰属関係を強いられることになる。行き場がない。間に挟まれたままなのが、ますます立場を難しくしてしまう。止む無く問わざるをえなくなる。しかし、それでは形而上に片足を乗せてしまうことになる。不本意極まりない。ますます行き場がない。呻きにしか行き着かない。したがって、「呻き」に収斂するばかりの帰属関係が、どのようにゲンジツと取り結ぶのかがもっぱらの関心事となる。突き上げである。

aで言えば、「憂鬱」と「コーヒーの飲めやん癖」との鬩ぎあい、しかもそれを「考えたくないなあ」で止めなければならないこと。コンビニに行くのにそれ以外のことに引きずりまわされてしまうこと、しかも容易に関係付けられてしまうこと、そんな気質であることのなんともしょうがないこと(b)、ときには観念(小林秀雄)が日常気分の水準に降りてきて、応じ方としては「ひゅー」と声を上げたくなってしまうこと、なにか無性に絡みつきたくなってしまうこと(c)、わけもなく形而上に身構えてしまっていること、その奇態な様、それを自分で自分に場違いに見ていること(d)、そうかと思えば、普通に記憶を蘇らせていること、それでも素直に回想的になれないこと(e)、作品の主題(少女の先端)を思い出したかのように、やおら直截的に語りだしながらも、心根としてはいろいろに絡みついてくどくどしくなってしまうこと、落ち着きがないというのか、よく言えば好奇心が旺盛で先走ってしまう鋭敏な気性であるのかもしれないが、挙句の果ては「歯茎にたまる」に場当たり的に落ち着き場所を得てしまう、そういう相も変わらずしょうもない、ダメな自分であること(f)。

しかしそれは、詩からみれば、すべからく表面上のこと、ここで言えば「講釈」の類であって、その場合も詩を表現体に借りていることを思えば、その権利関係の保障下に相応に居場所を与えられていること、いかにもと詩的営為の範疇で理解できることである。むしろ、本質的なことは、詩を借りていながら詩を裏切りたくて仕方がないでいる心根の方にある。そのようにコトバを連ねなければならない、というよりも、連ねなければいられずにいる、言葉に対するなんとも面倒な性向である。

作品の中だけに収まらずいる、終わりそうもない「饒舌」がある。事の本質として理解しなければ、そのように見構えていなければ、まさに詩作者の目論見(分析をさせない思惑)に翻弄させられてしまうだけであって、どのような形であれ、最後にはゲンジツとの折り合いをつけてもらわなければ、これだけの「いいまくり」である、たまったものでないわけである。別に白旗を挙げているわけではない。留保して出方を待っているわけでもない。逆である。自らに質すためである。負けずにゲンジツに飽いている自分に対してである。むしろ焚きつけられるのである。それを含めて「文体詩」の内訳である。

 

壱 はじめ(いちはじめ)1950年生まれ。詩論集「北に在る詩人達」、音楽論「バッハの音を「知る」ために」など。ブログ:http://ichihajime2012.blogspot.jp/  ツイッター:https://twitter.com/hawatana1

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